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横浜地方裁判所 昭和60年(ワ)809号 判決 1990年1月30日

原告

小林和美

ほか一名

被告

大正建設株式会社

ほか二名

主文

一  被告川出薫、同大正建設株式会社は、原告らそれぞれに対し、各自金一一三一万三五九五円及び内金一〇三一万三五九五円に対する昭和五九年八月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告川出幸一に対する請求、被告川出薫、同大正建設株式会社に対するその余の請求はいずれも棄却する。

三  訴訟費用のうち、原告らと被告川出薫及び同大正建設株式会社との間に生じた分はこれを三分し、その二を右被告らの、その余を原告らの負担とし、原告らと被告川出幸一との間に生じた分は全部原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告らそれぞれに対し、各自金一八五八万四七二六円及び内金一六八八万四七二六円に対する昭和五九年八月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

訴外川瀬誠治(以下「誠治」という。)は土木建設工事等を目的とする被告大正建設株式会社(以下「被告会社」という。)の従業員であつたが、昭和五九年八月二〇日午後零時一五分頃、被告会社の工事現場である横浜市南区高根町二丁目一三番地先道路の南区高根町一丁目地内舗装補修工事現場(以下「本件工事現場」という。)において、ブルドーザーによる路盤材(砕石)の敷き均しの不十分なところをスコツプによつて均す作業に従事していたところ、被告川出薫(以下「被告薫」という。)運転のブルドーザー(以下「本件ブルドーザー」という。)が突如後退を開始し、退避する間もなく右ブルドーザーのキヤタピラに轢過され骨盤骨折、左右肋骨骨折等の傷害を負い、同月二二日右傷害を原因とする出血により死亡した。

2  当事者

原告小林和美(以下「原告和美」という。)は、昭和五九年八月二二日当時、誠治の妻であつたもので、原告小林誠(事故当時は胎児、以下「原告誠」という。)は誠治と原告和美の子である。

3  被告らの責任

(一) 被告薫の責任

本件工事現場においては、ブルドーザーと同時に作業員が作業をしていることもあり、さらに、ブルドーザーが前進から後退に移る際には、作業員はブルドーザーの移動方向の転換には気がつかない場合もあるのであるから、ブルドーザーの運転手としては、後方の安全について十分な確認を行つた上で後退を開始すべき注意義務があるにもかかわらず、被告薫は、後方の確認を全く怠り本件ブルドーザーを漫然と後退させた過失により本件事故を発生させたもので民法七〇九条の責任がある。

(二) 被告川出幸一の責任

(1) 被告川出幸一(以下「被告幸一」という。)は、本件ブルドーザーの誘導係としての職務を行つていたものであるところ、一般にブルドーザーの運転にあたつては後方の安全の確認が困難であり、しかも、被告薫は誘導員なしでのブルドーザーの運転経験がなかつたのであるから、本件ブルドーザーの後方の安全を確認して的確に誘導すべき注意義務があつたのに、被告薫に告げることなく本件事故現場を離れ、ブルドーザーの誘導を怠つた過失により本件事故を発生させたもので民法七〇九条の責任がある。

(2) 被告幸一は、本件工事現場の現場責任者であつたものであるところ、ブルドーザーを誘導できない状態が生じた場合には、作業員に道路内での作業を禁止したり、ブルドーザーの運転を中止させたりして事故の発生を未然に防止すべき注意義務があつたのに、これらについての措置をなんらとることなく本件工事現場を離れた過失により本件事故を発生させたもので民法七〇九条の責任がある。

(三) 被告会社の責任

(1) 被告会社は、被告薫及び同幸一の使用者であるところ、同人等の前記加害行為は被告会社の業務の執行につきなされたものであるから、同被告は民法七一五条により使用者責任を負う。

(2) また、本件事故は、被告会社において、ブルドーザーの運転や誘導員、又はブルドーザー運転中の作業についての教育を行うことなく危険な作業を放置してきたため、あるいは、昼休みを相当過ぎても炎天下で作業させるという過失のおこりやすい作業環境のもとで作業させたため発生したものであり、同被告は、労働契約関係のもとにおける安全保護義務(安全配慮義務)違反による責任を負う。

4  損害

(一) 逸失利益

誠治の過去五ケ月間の平均賃金は月額一七万六四〇〇円であるところ、誠治は死亡時の三二歳から六七歳まで稼動可能で、その間少なくとも右収入を得ることができたから、中間利息をライプニツツ方式により控除し、生活費控除を三五パーセントとして計算すると、誠治の逸失利益は次の計算式のとおり二二五二万九四五二円となる。

176,400円×12×16.3741×(1-0.35)=22,529,452円

原告らは、誠治の右損害賠償請求権を法定相続分に応じ、各二分の一の一一二六万四七二六円宛て相続した。

(二) 慰謝料

原告和美は、妊娠中夫を奪われたものでその悲嘆は大きく、その後子供のことを考えて再婚したものの亡夫に対する思いは変わらない。また、原告誠は、父親の顔を見ることさえできなかつた。原告らの右精神的苦痛を慰謝するには、それぞれ一〇〇〇万円の支払をもつてするのが相当である。

(三) 労災保険給付との調整

原告らは、労働者災害補償保険の遺族年金給付を受給できるので、右損害のうち労働者災害補償保険法第六七条による前払い一時金の最高限度額(平均賃金の一〇〇〇日分)である八七六万円の各二分の一の四三八万円は請求しない。

(四) 弁護士費用

原告らは、被告らにおいてきわめて低額の賠償額の提示しかしないため、やむをえず本件訴訟の提起を原告代理人らに委任し、横浜弁護士会報酬規定に準拠した額の報酬を支払うことを約した。右弁護士費用については、原告らについて、各一七〇万円が相当因果関係のある損害というべきである。

5  よつて、原告らは、被告らに対し、各自、不法行為(被告会社については不法行為あるいは安全配慮義務違反)による損害賠償請求権に基づき、それぞれ一八五八万四七二六円及びうち弁護士費用を除く金一六八八万四七二六円に対する不法行為の日である昭和五九年八月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、誠治が原告ら主張の日時場所において、後退してきた被告薫運転のブルドーザーに轢過されて死亡するに至つた事実は認め、事故原因、致命傷等の内容については否認する。

本件事故は、本件ブルドーザーが後退を開始した際、それまで歩道縁石付近で行つていたスコツプでL字溝上並びに歩道上の砂利を車道にかきこむ作業を中止して電信柱の前にたたずみブルドーザーの動きを見守つていた誠治が、急にてんかん性の発作を起こし意識混濁のまま前に倒れそうになり、所持していたスコツプを使い又は右足を踏み出して身体を支えようとしたが、その直後何らかの力が加わり身体が道路と平行の状態に倒れこんだところを本件ブルドーザーに轢かれたものである。

2  同2の事実は知らない。

3  同3の事実について

(一) 被告薫の責任

(一)の事実は否認し、主張は争う。

本件事故において轢過が開始された地点は、ブルドーザーの運転席から見て死角に入つていたから、被告薫にとつて本件事故は不可抗力である。

また、現代の土木作業におけるブルドーザー等の建設機械の有用性を考慮すれば、ブルドーザーが異常を発見したら直ちに停止することのできる速度で前進後退を繰り返す程度の運行方法を取つている場合は、その運転手は常日頃安全教育を受けている他の作業員がブルドーザーの進行進路内になんの合図もなく侵入することまで予期してこれを回避すべき注意義務を有しないものと解されるところ、本件では、被告薫は、左右に姿勢を回して後方の安全を確認し作業員の位置、作業状況を確認の上で後退を開始している以上、誠治が作業上の必要以外の理由によつて、ブルドーザーの進行進路内に倒れ込んだ場合にまでこれを回避すべき義務はない。

よつて、いずれにしても、被告薫は無過失である。

(二) 被告幸一の責任

(二)の事実は否認し、主張は争う。

被告幸一は、砕石の搬入を見届けるためほんの短時間誘導部署を離れたに過ぎず、かつ、離れる際にブルドーザーの近辺にて作業をしていた訴外宮川正治、訴外石井鉄男、被告薫等にその旨声をかけて注意を促していたのであるから、尽くすべき注意義務を尽くしており、無過失である。

(三) 被告会社の責任

(1) (三)の(1)、(2)の各事実は否認し、主張は争う。

(2) 被告会社は、被告薫及び同幸一が不法行為責任を負わない以上、その使用者責任を負担することはない。

(3) 被告会社は、常時安全な作業の実施につき作業員を教育し、監督等責任者については各種講習を修了させており、休憩も適宜取つているなど、むしろ安全配慮については優良な会社である。

4  同4(損害)の事実中、(一)(二)は否認し、(三)は認め、(四)は知らない。

誠治は、外傷性てんかんにより、労働能力が減退しているものであるから、誠治の平均賃金である月額一六万五八五七円から三五パーセントを減額すべきである。また、誠治の労働内容からみると、六〇歳まではともかく、六一歳から六五歳までは、右収入の六割しか得られないとみるのが相当である。

三  抗弁(過失相殺)

ブルドーザーの運転手にとつて後方確認を完全に行うことは困難であり、ブルドーザーによる作業が一般に前進と後退の繰り返しによつて行われること、進行中のブルドーザーに轢かれることが生命にかかわる大事故に直結することは、道路工事作業員として約一年の経験を有する誠治にとつて十分に知りえたのであるから、誠治は、直進し、停止したブルドーザーの後方に近づくべきではないし、右のような場所で作業を行う時には、常にブルドーザーの動静や作動音に注意を払い、後退する様子が見られ、あるいはそのような作動音が聞こえたときには直ちに退避すべきであつて、てんかん性の発作からか、これを怠つた誠治の作業態度には重大な過失があつたというべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は争う。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  事故の発生

請求原因1の事実のうち、昭和五九年八月二〇日午後零時一五分頃、本件工事現場において、土木建設工事等を目的とする被告会社の作業員の誠治が、被告薫の運転する後退中の本件ブルドーザーに轢過され、同月二二日死亡するに至つた事実は当事者間に争いがないので、以下、事故の発生状況、事故原因について判断する。

1  事故の発生状況(誠治の轢過状況)

成立に争いのない甲第一号証、第五号証ないし第一〇号証、乙第一一号証、証人宮川正治、同石井鉄男の各証言、被告薫及び被告幸一各本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

(一)  被告会社は、昭和五九年六月二一日、横浜市から南区高根町一丁目地内の延長距離一〇〇メートルの道路の舗装補修工事を請け負い、工事期間を同年六月二八日から同年九月一九日の予定で、被告幸一が現場監督となり右道路舗装補修工事を施工していた。

右工事は、幅員四・二七メートルの車道部分につき、パワーシヤベルで厚さ一〇センチメートルのアスフアルトをはがし、土砂を四〇センチメートル掘り下げ、ローラーで転圧し、二〇センチメートルの厚さに砕石(路盤材)を入れ、ブルドーザーでならしたうえローラーで転圧し、更に一五センチメートルの厚さに砕石を入れ、再びブルドーザーでならしたうえローラーで転圧し、アスフアルト舗装をする内容のものであつた。

(二)  本件事故当日は、午前八時四五分頃、右工事区間のうち、別紙現場見取図記載の松本宅前から鈴木宅前の一五・七五メートルの範囲の工事に着工し、旧舗装の土砂をパワーシヤベルで掘削搬出した後、一回目の砕石を入れ、午前一〇時過ぎ頃から被告薫が本件ブルドーザーを運転し、右工事区間を往復して砕石の地均し作業を開始した。

(三)  被告会社の当日の作業員は九名であつたが、被告幸一は、道路の東北側の路外に作業員三名を、他の側に誠治、訴外宮川正治(以下「訴外宮川」という。)の二名を配置し、被告幸一が車道内でブルドーザーの動きに合わせ移動しながらブルドーザーの排土板の調整を指示する等ブルドーザーの誘導をし、道路の両側に配置した作業員は、別紙現場見取図に記載の交差点側からスコツプを使い道路端のL字溝や歩道上に拡散した砕石をブルドーザーの進路にかき込む作業をしていて、午後零時近くになり、それまでパワーシヤベルの誘導をしていた訴外石井鉄男(以下「訴外石井」という。)が訴外宮川に代わつて右作業を始めた。

(四)  その頃、大型トラツクに積載された砕石が到着したため、訴外幸一は、その受取のために現場を離れたが、訴外幸一が現場を離れた時、本件ブルドーザーは別紙現場見取図の交差点付近まで後退しており、訴外石井は同図面の<3>地点でスコツプで残された砕石をブルドーザーの進路にかき込む作業に従事し、訴外宮川は<4>地点で、誠治は<2>地点で休息をとつていた。そこで、被告幸一は、訴外宮川と誠治に声をかけて大型トラツクの方に行つた。

(五)  本件ブルドーザーは、全長三・一メートル、幅(キヤタピラの端から端まで)一・四九メートル、左右のキヤタピラは、一周三八枚の通称ゲタと呼ばれる幅三〇センチメートル、長さ平均一三・五センチメートルの歯型からなつている。

(六)  被告薫は、被告幸一が工事現場を立ち去つたのを知つたが、そのままブルドーザーを工事現場の端まで前進させて停止させ、少し道路中央より向けハンドルレバーを操作して後退を開始したが、その直後何かに乗り上げたような感じがし、それと同時に訴外宮川が大声を上げたのでブルドーザーを停止させ、誠治を轢過したことに気付いて、ブルドーザーを少し前進させて別紙現場見取図に記載の位置に停止させた。

(七)  右停止位置は、道路とほぼ平行で、左側キヤタピラー端と車道端(幅三八センチメートルのコンクリート製L字溝端)との距離は六五センチメートルであり、路上には右側キヤタピラの前方に八条のキヤタピラ痕(長さ約七五センチメートル)が確認された。

また、誠治は、スコツプを前に抱えるようにして道路とほぼ平行にうつ伏せに倒れていたが、誠治が倒れていた足(左大腿)の位置は、事故後前進して停止した本件ブルドーザー左キヤタピラの七五センチメートル後方で、車道(L字溝)端から八五センチメートル道路中央寄りの地点であつた。

(八)  本件事故による誠治の受傷状況は、外観上は、右下肢背面及び背部に各四条のキヤタピラ痕(一五センチメートル間隔)が残され、右足関節骨折、右脛骨骨折、右腓骨骨折、左大腿骨複雑骨折、骨盤骨折(左右腸骨、右恥骨)、右第二~一二肋骨骨折、左第三~六肋骨骨折(右肋骨は前部、後部二カ所で骨折)、仙腸関節脱臼、右横隔膜一三×六センチメートルの破裂孔等を負い、また、誠治のかけていた眼鏡の右の球が割れており、誠治は顔面に出血を伴う外傷を負つていたところ、その顔付近の路上及びスコツプの柄に、血痕が少量付着していた。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足る証拠はなく、右認定事実を総合すると、誠治は、事故当時、本件ブルドーザーの後方約一・五メートル以内の地点にいたところを、後退を開始した被告薫運転のブルドーザーに押し倒され左側キヤタピラにより、道路にほぼ平行に、うつ伏せとなつた状態で、右下肢、腰部、背部を通つて頸部直前まで轢過されたものと認めることができる。

2  事故原因

そこで、次に、誠治が、なぜ右のような轢かれ方をしたのか検討する。

被告らは、誠治は、事故直前には電信柱前のL字溝上でスコツプを持つて休憩していたが、突然てんかん系の発作を起こして前に倒れそうになり、所持していたスコツプまたは右足を踏み出して身体を支えようとし、その直後なんらかの力が加わり身体が道路と平行の向きに倒れた旨主張し、証人宮川正治の証言中には、誠治がいきなり倒れるように道路に出ていつた旨の部分があり、成立に争いのない乙第一二号証、第一四号証ないし第一六号証、第二三、第二五号証によれば、誠治には昭和五二年一月一六日の頭部外傷を原因とするてんかんの後遺症が存在したこと及び昭和五七年八月七日に一度けいれん発作を起こしていることが認められる。しかし、右乙第一六号証によれば、本件事故において誠治の倒れた原因が外傷性てんかんによるか否かは専門医によつても判定不能であるとされており、その他に、本件事故当時、誠治がてんかん発作を起こしていたことを推認させるに足る証拠はないから、結局、被告らのてんかん発作に関する主張は、推測の域を出ていないと言わなければならない。

他方、原告らは、誠治は本件ブルドーザーの後ろで路盤材の敷き均し作業に従事していたと主張し、証人平澤由美の証言中には、同人が、本件事故の直前にブルドーザーの後方一五メートル足らずの地点(別紙現場見取図目録の交差点付近)から本件現場を見た際、ブルドーザーが前に進んでいて、ブルドーザーの後ろにちようど自分の方向を向いてスコツプを持つた男が土を掘る格好をしていたのを目撃し、また、その一五秒くらい後、ブルドーザーの後ろで作業していた人が腹ばいになつて上体を反らすような感じになつたのを見た旨の部分があるのであるが、前掲甲第五号証の写真<13><15><16>等によるとブルドーザーの後方の地面にはさほどの凹凸は認められず、前に認定の作業手順からみても誠治がそこで作業する必然性がどれだけあつたのか疑問があり、原告ら主張のように誠治が路盤材の敷き均し作業をしていたかどうかについては、必ずしも明らかでないといわなければならない。

むしろ、前記認定事実、就中、本件事故当時は正午を過ぎて昼休みの時間帯に入つており、午前中の予定作業がほぼ終わる段階にあつたこと、現場監督でありブルドーザーの誘導をしていた被告幸一が工事現場を立ち去つたことを合わせ考えると、誠治が、ブルドーザーが前進を終えた時点で午前中の作業が終了したものと考えたとしても不自然ではなく、誠治は、本件事故当時、午前中の作業が終了したものと考え、工事中の道路に下り、ブルドーザーの後方に立ち入つたものと推認することができる。

3  結局、以上の認定事実によれば、誠治は、本件事故当時、作業が終了したものと考え本件ブルドーザーの後方約一・五メートル以内の位置に立ち入つたところ、本件ブルドーザーが突如後退を開始したため、退避する間もなく、右ブルドーザーの左側キヤタピラに轢かれ骨盤骨折、左右肋骨骨折等の傷害を負い、右傷害を原因とする出血により昭和五九年八月二二日死亡したものと認められる。

二  当事者

請求原因2の事実は、成立に争いのない甲第三号証の一及び弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。

三  責任原因

1  被告薫の責任

前記認定事実によれば、被告薫は、砕石をならすため本件ブルドーザーを後退させようとしたのであるが、当時、誘導をしていた被告幸一がいなかつたのであるから、厳に後方の安全を確認してブルドーザーを後退させるべき注意義務があつたものであるところ、被告薫には右義務を怠つてブルドーザーを後退させた過失があることを認めることができる。

被告薫本人尋問の結果中には、「本件事故直前、姿勢を右左に回して後方の安全を確認し、作業員の位置作業状況を確認の上後退を開始した。」旨の部分があるのであるが、成立に争いのない甲第六号証によれば、本件ブルドーザーの死角は、路面で左キヤタピラの後方七五センチメートル、運転席の後方でも一メートル二六センチメートルであることが認められるところ、前記認定事実によれば、被告薫が後退を開始した時、誠治は本件ブルドーザーの後方一・五メートルの位置に佇立していたのであるから、誠治を容易に認識することができたはずであり、右供述はとうてい信用できない。

なお、土木作業における信頼の原則の適用により被告薫は無過失である旨の被告らの主張も、その前提を欠き、採用することが出来ない。

従つて、被告薫は、民法七〇九条に基づき、本件事故により誠治及び原告らの蒙つた損害を賠償する責任がある。

2  被告幸一の責任

原告らは、被告幸一には、本件ブルドーザーの誘導を怠つた過失、本件作業現場内を離れるにあたつて、作業員に道路内での作業を禁止したり、ブルドーザーの運転を中止させることを怠つた過失がある旨主張する。

ところで、一般にブルドーザーの運転にあたつては後方の確認が困難であり、誘導員が必要であるということができるが、前記認定事実によると、被告幸一は、現場作業員に現場を立ち去ることを告げているものであるうえ、誘導員がいなくなることは、本件ブルドーザーを運転していた被告薫に容易にわかるものであるので(後退の際、誘導員の指示がなければ安全確認ができない。)被告薫において、誘導員が現場に戻るまで、ブルドーザーの運行を停止すれば良く、これは、被告幸一に逐次指示されなければできない類のものではないから、被告幸一において、被告薫に対し、誘導員としても、現場責任者としても、現場を立ち去る際に作業の停止を指示するまでの義務はないものというべきである。

また、前記認定事実によると、被告幸一が本件工事現場を離れた時に誠治は道路内で作業をしていなかつたもので、そうであれば、被告幸一にとつて、誠治が本件ブルドーザーに轢かれることの予見可能性はかなり低いということができるし、さらに、被告幸一は、現場を一時離れるに際して誠治他の作業員に声をかけているのであつて、誘導員のない状態で、前進後退を繰り返すブルドーザーの後方に立ち入ることの危険性は作業員であれば十分理解できるはずであるから、現場監督者として、それ以上に、道路内での作業を禁止すべき注意義務があつたものということはできない。

従つて、被告幸一には、右いずれの意味においても本件事故を惹起するについての過失は認められず、被告幸一の責任は認められない。

3  被告会社の責任

被告会社が被告薫の使用者であることは当事者間に争いがなく、前記認定事実によれば、被告薫の加害行為が被告会社の業務の執行につきなされたことは明らかであるから、被告会社は、民法七一五条に基づき本件事故により誠治及び原告らが蒙つた損害を賠償する責任がある。

四  過失相殺

前記認定事実によれば、誠治は、本件ブルドーザーが砕石をならすため前進と後退を繰り返していて、稼働中のブルドーザーの後方に立ち入ることが危険であることは十分に知つていたはずであることが推認されるところ、本件事故当時、被告薫が本件ブルドーザーのエンジンを停止させたりする等して、運転を中止することが明らかな状況にはなかつたから、ブルドーザーの後方に立ち入るべきではなかつたもので、誠治には本件事故発生につき過失があつたものと認められる。

しかしながら、誠治の右過失は、被告薫の前記過失に比して軽微というべきであり、その他本件にあらわれた諸般の事情を考慮すると、誠治及び原告らの損害額の二五パーセントを減ずる限度で誠治の過失を斟酌するのが相当である。

五  損害

1  亡誠治の損害及び相続

(一)  逸失利益

成立に争いのない乙第四三号証及び弁論の全趣旨によれば、誠治が被告会社から得ていた昭和五九年一月分から同年七月分までの七カ月間の平均月収は一六万五八五七円であることが認められ、誠治は死亡当時三二歳であつたから、六七歳までの三五年間は稼働可能であり、中間利息をライプニツツ方式により控除し、生活費控除割合を三五パーセントとして計算すると、次の計算式のとおり、逸失利益の現価は、二一一八万二九二一円となる。

計算式 165,857円×12×16.3741×(1-0.35)=21,182,921円

なお、被告らは、外傷性のてんかんによる誠治の労働能力の減退をいうが、右は、現実の収入を基礎に算定しているから、右主張は失当である。また、被告らは、誠治が六七歳まで稼働できないか、あるいは、労働能力が減退するとも主張しているが、右は、単なる憶測にすぎず採用できない。

(二)  原告らの相続

原告らが誠治の相続人であることは前記認定のとおりであり、原告らは、誠治の右損害賠償請求権を法定相続分に応じ、各二分の一の一〇五九万一四六〇円宛を相続したことが認められる。

2  原告らの慰謝料

本件訴訟にあらわれた諸般の事情に鑑みれば、誠治の死亡による原告らの精神的苦痛を慰謝するには、それぞれ九〇〇万円の支払をもつてするのが相当と判断される。

3  過失相殺

以上の損害額の合計は、原告らについて、それぞれ一九五九万一四六〇円となるところ、前記誠治の過失を斟酌してそれぞれその二五パーセントを減じた一四六九万三五九五円につき損害賠償請求権を有することになる。

4  労災保険給付との調整

請求原因四(三)の事実は当事者間に争いがないので、右一四六九万三五九五円からそれぞれ原告らが主張するように前払一時金の最高限度額の二分の一の四三八万円を差し引くと、残額はそれぞれ一〇三一万三五九五円となる。

5  弁護士費用

原告らが本件訴訟の提起・追行を原告ら訴訟代理人に委任したことは本件記録上明らかであり、本件事案の内容、請求認容額等諸般の事情を斟酌すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としてそれぞれ一〇〇万円を相当と認める。

六  結論

以上の次第で、原告らの本訴請求は、被告薫及び被告会社に対し、各自一一三一万三五九五円及び弁護士費用を除く内金一〇三一万三五九五円に対する不法行為の日である昭和五九年八月二〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余の請求は理由がないのでいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 木下重康 宮川博史 今村和彦)

別紙 <省略>

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